クマノザクラが地域の人のために正しく扱われるためには、正しい情報を広く公にすることがも最も重要だと樹木医甚兵衛は考えています。
クマノザクラは、地域の観光資源として有効に活用されていくことが期待されていますが、そのためには地域性を考慮することが大切です。特に自生地では、別の場所にあった一部の綺麗なサクラを大量に増殖して植栽するのではなく、もともとその場所に自生する個体を活用することで、自然環境に配慮した経済利用が可能になります。地域内に自生する個体の中から適した母樹を選んで増殖することによって、遺伝的多様性に対する影響を低く抑えることができます。
安易に販売されている苗木を購入して植栽するのではなく、時間をかけて自分たちの地域に適した苗を育て、経済利用と自然環境の保護とが両立した健全な状態を築いていくことが理想的です。
講談社の出版する「DNA鑑定」という書籍の中で、著者の梅津和夫さんは【高い山は、広い裾野があって初めて存在できる。】という言葉を記しています。書籍の内容とは直接関係していないかもしれませんが、著者の経験を感じることのできる素晴らしい言葉でとても印象的でした。さらに誇張するなら、【その裾野は四方に均等に広くなければならない。】と付け加えたいと思います。ひとりひとりが裾野となり、多様な意見を出し合うことで、人と桜との関りという文化をより高い山にしていきましょう。
種の同定と交雑
もっとも重要であると同時にもっとも難しいのが、サクラの種を同定するということです。種子を採取するための母樹にクマノザクラを選ぶのは言うまでもありませんが、問題は花粉を放った「父親」が誰であるかということです。近くに‘河津桜’やオオシマザクラなどのクマノザクラよりも開花時期の早い別種のサクラがある場合は、交雑の可能性が高くなります。たとえクマノザクラからサクランボを採種しても、その種子は雑種でありクマノザクラとは異なるサクラになってしまいます。人の生活する場所には必ずと言っていいほど外来のサクラが持ち込まれています。そのため、採種はできるだけ人里から離れた場所にある母樹を選定する必要があります。サクラに関する知識がない人は、むやみに一人で判断して増殖しようとするのではなく、信頼のできる専門家に相談してください。(お問い合わせ ページからご相談いただいても構いません。)
現代における種の分類は、丁寧な観察から読み取ることのできる形態的特徴や生態的特徴と、専門的な設備を必要とするDNA解析などの遺伝的なアプローチから相補的に判断するべきものであり、厳密な意味ではいくつかのサクラについては誰も正確な分類ができていないと考えるのが事実に忠実な考え方ではないかと思っています。
現段階では、紀南地方だけに自生するサクラの個体群があって、それをクマノザクラと呼ぶことにしたこと。個体ごとに特徴に大きな差があり、種としての成り立ちや交雑種との境界が明確にされていないこと。などがはっきりと言えることではないでしょうか?つまり、現段階では外観上クマノザクラと判断されている個体であっても、今後遺伝的な検討が進むに伴って交雑種と判断するほうが適切だと結論される可能性があります。そのため、不特定多数に対して苗木を流通させることや、管理しきれないような環境に大量に植栽を行うことは避けることが望ましいと考えています。
クマノザクラの特徴や交雑の問題などの関する内容については、樹木医甚兵衛WEBサイト内、別のページやブログ記事にある解説をご覧ください。 クマノザクラ サクラの見分け方 【オオシマザクラの大きな脅威】 【’河津桜’に潜む危険】 【クマノザクラの植栽】
採種の方法
個人的には森林をはじめとする自然の恩恵は、地域のみんなで広く共有するべきだと考えていますが、世の中には異なる考え方の人がいることも事実です。クマノザクラに限らず植物の種子を採取するときには、母樹の所有者(母樹がある土地の地権者)の許可を得る必要があります。トラブルを避けるためにも、地権者以外の地域の人にも積極的に声をかけることで、良好な関係を築きましょう。
クマノザクラは木本植物であるために個体そのものの盗掘などは考えにくいと思いますが、無断で掘り取って持っていくなどの行為は明らかな犯罪行為です。ランなどの植物が絶滅に追い込まれているのはそのような身勝手な行動が原因のひとつと言われています。たとえ種子だけであっても、影響が全くないわけではありません、自分以外のすべての生物に対して配慮する気持ちが大切です。
僕が特に気を付けているのは、必要以上に採り過ぎないということです。サクラの果実は、たくさんの鳥類やイタチやタヌキ、ツキノワグマなどの哺乳類の食料となっています。熟した実を見つけるとついつい欲張ってたくさん採りたくなってしまいますが、「自分がたくさんのものを手に入れる」ということは、その分だけ「他の誰かが手に入れることができなくなる」ということを意味しています。地権者の許可が得られても、ほかの生物にとっては関係のない話です。すべてを取りつくすようなことはせず、必要な分だけにとどめるように配慮してください。
その年の気候によって異なりますが、採取の時期はゴールデンウィークの前後が目安となります。受粉したクマノザクラの花は、小さくてかわいいサクランボを実らせます。できるだけ黒く熟したものを採種すると良いでしょう。少しくらい未熟な実であっても発芽能力はそれほど変わりませんが、果肉を取り除く作業に手間がかかってしまいます。
異なる母樹から種子の混入を避けるためには、樹上に成っている状態のものだけを採種し、地面に落下したものは拾わないことも重要です。サクラの木の周辺には、たくさんのサクラが好きな生物が集まってきます。サクラの木の下をよく観察すると、木から落ちた果実以外にもさまざまな動物から排泄された種子が混じっています。地面に落ちている果実を混ぜてしまうと、別のサクラを混ぜてしまう原因となります。
病虫害の影響によってまったく採種できないような年もあります。特に「スモモふくろみ病」によく似た病害(未報告)の発生も確認しており、深刻な被害が発生した年には一粒も採種できないこともありました。カメムシによる吸汁やその他の昆虫による食害も確認しています。
開花と降雨などの気象条件との関係もとても重要です。開花してもうまく受粉することができず、ほとんど結実しないこともあります。人の都合で自然を利用しようとするのではなく、自然の営みから余剰分を恩恵として受け取るくらいの謙虚な気持ちが大切だと思います。
種子の調整
サクラの果肉部分には発芽抑制物資が含まれているため、これをきれいに取り除く必要があります。うちの子は毎年喜んで食べています。近所のおじいちゃんも、子どものころおやつによく食べていたと言っていました。可食部はそれほど多くありませんが完熟した実はおいしいので、果肉部分も地域特産として活用できるかもしれません。
食べてくれる人がいない場合には、自分で洗わなくてはいけません。僕の場合は目が4mmほどのふるいを使っています。量が少なかったり、最後の仕上げには持ち手のついたザルを使い分けます。乾燥させるときにはトレーがあると便利です。
↓まずは果実をつぶして皮を取り除きます。あまり力を入れすぎると種子が割れてしまいますので、優しくつぶしてください。
↓おおまかに皮やごみを取り除いたら、洗いながら果肉を落としていきます。
↓このくらい綺麗になっていれば十分です。
↓綺麗になったら水を切って、風通しの良い日陰で2-3日のあいだ乾燥させます。
播種
樹木医甚兵衛では、特別な場合を除いて基本的に取り撒き(採種して種子を調整したら、保存せずにすぐに播種してしまうこと)を推奨しています。播種床をつくり、敷き藁などで保護してやることで、低温湿層処理などによる保存をせずに誰でも容易に一定の成果を上げることができます。ポットなどの資材を使用しないことで必要とする資材を減らし、潅水や植替えなどの管理コストも大幅に減らすことができます。
適当に間隔をあけてばらまいた後に覆土するか、穴をあけてその中に種子を入れ、土を寄せて覆土しても構いません。その後藁などを敷いて養生します。夏場の高温期に極端に雨が降らない日が続く場合は、水やりをして乾燥を防いであげましょう。藁をめくって土の表面が極端に乾燥していなければ、水やりはしなくても大丈夫です。早ければ当年の12月から翌年の1月ごろには発芽する個体が出てきます。ほとんど維持管理を必要とすることなく、発芽から一年で樹高1.8m程度まで生長します。
自然環境の保護について考えるとき、僕が最も大切にしていることは、過剰・余剰を極力減らすことです。資材や道具はできるだけ少なく済むように工夫し、人の手を加えなくても勝手に育つような環境を整えます。地域のクマノザクラを保護・保全するための取組が、自然からの搾取がなければ成り立たないような仕組みであったり、大量の資材やエネルギーを消費することで結果として大きなロスを生み出し、自然を破壊することに繋がってしまうのは本末転倒です。科学の進歩やそれを利用した技術革新は、表面上では合理的に見えるように工夫されていますが、合理性は自分から遠く離れたところまで含めて判断する必要があり、目に見えないものを無視して判断できるのもではありません。常に周囲に配慮し、謙虚にふるまうことが求められます。
また、こういった方法を選択することで維持管理の手間を省き、「見守る」ということに専念できます。丁寧な巡回と観察によって生じる問題を早期発見することで、問題が小さなうちに対処することに重点を置きます。無駄を省き、可能な限り自然環境を再現することが植物を健全に生育させるために大切だと考えています。
母樹林の造成
環境負荷や生産効率などを考えると、穂木のや種子を採取するための母樹林を整備することが必要だと考えています。永続的に活用していくためには、自然採取と経済利用とは切り離されるべきです。時間がかかることではありますが、自生個体からの採取に依存するような状況はできるだけ早急に改善しなくてはいけません。
樹木医甚兵衛では、クマノザクラに関する調査・研究を始めた当初から 長追母樹林 と 小森川ジーンファーム の整備に着手し、現在ではすでに多くの種子が採取できる環境が整ってきました。今後このような考え方が多くの方に理解され、広まっていくことを願っています。
トレーサビリティ
苗木の生産に取り組むためには、生産者としての自覚と責任を持つ必要がります。自分が育てた苗木がどの母樹からどのような方法によって増殖されたものであるかを記録し、どのように移動されたかを管理するために、ラベルなどを添付しながら記録を残すことが重要です。そのような記録や仕組みのことをトレーサビリティと呼びます。
新種として報告されたクマノザクラは、いまはまだ明らかにされていることが少ないことが多く、経済利用ばかりが先行していく状態が危惧されています。特に種としての定義や、病害虫との関連性が明確にされないまま、苗木が無秩序に流通していくことは健全な状態であるとは言えません。
きちんと管理されるように努めることが重要であり、そのための適切な助言を行うことがモラルのある専門家や研究者がとるべき行動であると考えています。
あがらの桜をまもるんや!
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