オオシマザクラは本来分布域とされている地域以外でも、多くの場所で植栽されています。以前に僕は【‘河津桜’に潜む危険】というタイトルのブログを書きました。その中では、外来のサクラが自生のサクラに対して与える悪影響について説明しています。サクラ自身が持っている性質と、サクラをとりまく生物の活動について、具体的な例をひとつひとつ紹介しながら、河津桜を大量に植栽することの危険性について記事をまとめました。思いの外大きな反響があり、たくさんの人から連絡をいただきました。もともとこの地域には存在しなかった「外来のサクラ」の中でも、クマノザクラ(自生のサクラ)に対して最も大きな脅威となっているのがオオシマザクラです。今回はそのオオシマザクラについて説明していこうと思います。
オオシマザクラとは?
オオシマザクラ(Cerasus speciosa)は成長がとても速く、再生力が強いことから薪炭林として植林されることも多かったようです。燃料として多用されたことからタキギザクラという別名があります。毛が無い葉は桜餅の原料として利用されています。紀南地方の人はオオシマというと紀伊大島を連想する人が多いのですが、オオシマザクラという名称は伊豆大島に多く分布することから来ています。
強健で繁殖力が強く、染井吉野や河津桜などの多くの栽培品種の親となっています。サクラの印象として多くの人が持っているピンク色ではありませんが、沿岸部に植栽できる耐潮性をもつ緑化樹木としても重宝されてきました。
薪や炭を必要としなくなり、里山林が放棄されるようになったことなどから、各地でオオシマザクラの野生化が進んでいます。
自然交雑
【‘河津桜’に潜む危険】では、繁殖干渉や遺伝的撹乱など、サクラの交雑がもたらす問題について説明しました。聞きなじみのない言葉ではありますが、丁寧に説明すれば子どもでも充分に理解できる仕組みです。しかし問題を視覚的に捉えることが難しいため、悪影響として実感することは困難です。
しかし種間雑種は、身近なところに確かに存在しています。
オオシマザクラはもともと野生のサクラであり、繁殖能力が極めて高く実生で容易に増殖することが可能であるため、たくさんの遺伝系統が流通しています。そのため他の栽培品種とは異なり、形態的にも生態的にも幅広い個体差が生じています。
開花の時期は、遺伝的な要因と気温などの環境要因とが合わさって変化するため、かなり大きなムラができます。古座川町で最も早いオオシマザクラの開花は2月下旬ころで、河津桜と同時期です。遅いものでは4月の染井吉野が散った後も残っている個体があります。つまり周辺に存在するほとんどのサクラと受粉するチャンスを持つということになります。
この長い開花時期と極めて高い繁殖能力という二つの特徴から、遺伝的撹乱や繁殖干渉の影響がもっとも心配なのがこのオオシマザクラなのです。
野生化
遺伝的なバリエーションがあることで、オオシマザクラは他のサクラの存在に関わらず受粉することが可能です。さらに極めて高い繁殖能力を持ち、発芽した後も強健で生育がはやいことなどから、日本の各地で野生化していることが報告されています。
3月後半に串本港から潮岬の眺めると、山全体が白く見えます。野生化したオオシマザクラによって、山が埋め尽くされているのです。
薪や炭という生きていくために必要なエネルギーを生産し、それを販売して経済的な利益を得るという目的で導入したとされています。しかしエネルギーの転換によってそれらは必要とされなくなり、経済的価値のなくなった山は放棄されています。伐採されることがなくなったオオシマザクラは大きく成長し、花を咲かせて種を実らせ、さらにその勢力を拡大していくでしょう。
競合・淘汰
串本町の潮岬では、クマノザクラの存在を確認することはできません。すぐ近くの紀伊大島、高富、二色、姫などの地区に自生していることを考えると、もともとは分布があったもののオオシマザクラによって淘汰されてしまったと考えることが自然であると考えています。
紀伊大島には、2本のクマノザクラが自生していることを確認しています。その周辺はオオシマザクラや河津桜で埋め尽くされ、すでに自力で子孫を残していくことは不可能です。
太地町では、その一歩手前の状況です。太地町役場から許可を得て1年間の調査を行い、その結果とクマノザクラの保全に対する意見をまとめた報告書を提出しました。残されている個体から挿木でクローンを保存することに成功し、なんとか保全に向けて対処できるのではないかという期待を寄せてはいますが、行政にその気がなければ実現することは難しいでしょう。このまま20-30年くらい何もしなければ、太地町からも自生のクマノザクラが実際に地域絶滅してしまうのではないかと考えています。
このような現状は、いまのところ沿岸地域が中心となっていますが、オオシマザクラの野生化は徐々に内陸に進行しています。高富や佐田でも実生したと考えられる個体を発見しており、動向を注視しています。
混入
植栽されたサクラの中でもっとも大きな割合を占めているのは、いうまでもなく染井吉野です。この名前は、一般の方からも広く知られており、小学生に知っているサクラの種類を質問しても、例外なく必ず名前があがってきます。しかしその名称が有名であるというだけで、それぞれのサクラの特徴や違いを理解しているということではなく、ただ漠然と桜=染井吉野という単純な形が出来上がってしまっているのが現状なのだと思います。造園業や林業などの植物に関わる専門家であっても、サクラの細かな分類や特徴について知っている人はほとんどいません。
全国にはとてもたくさんのサクラの名所が存在していますが、その多くは染井吉野によってつくられた人工的な観光名所です。中には天然林を切り開いて染井吉野を植栽しているというような、狭義の自然とはかけ離れたものもありますが、人々は特になんの疑問も持たずに美しい景色としてこれを受け入れているようです。
そんな染井吉野の中に、必ずと言っていいほど紛れ込んでいるのがオオシマザクラです。これがずさんな流通管理による混入によるものなのか、ずさんな維持管理による台勝ち(※1)によるものなのかはわかりません。混入したオオシマザクラは、特に認識されることも処置されることもなく放置された結果、野生化してさらに深い山の中に侵入していきます。
一定の知識と責任をもって維持管理されないサクラは、地域の観光名所となるどころか自生のサクラに悪影響を与え、自然生態系を破壊する元凶となってしまいます。
※1 栽培品種のサクラの苗木は、母樹の形態的特徴を受け継ぐ完全なコピーである必要があるため、接木によるクローン個体である場合がほとんどです。接木は、台木となる根に別の木から採種した穂木を接着してひとつの個体にします。このとき、増殖したい穂木ではなく、何らかの理由で台のほうが生育してしまう現象を台勝ちといいます。
国内外来種
国内外来種という言葉はあまり一般には認知されていないかもしれません。多くの方は、生態系を破壊する外来種は国外から持ち込まれたものというイメージを持っているでしょう。日本国内の生物の移動であっても、本来の生息域ではない別の地域から持ち込まれた生物は、その地域から見ればすべて外来種となります。つまり、紀伊半島にとってオオシマザクラは国内外来種です。
燃料として生活を支えるという機能面にほとんど意味がなくなり、それと同時に上記したようにかなり多くのリスクを持ったオオシマザクラを無秩序に流通させることに社会全体としてのメリットはどれほどあるのでしょうか?
オオシマザクラの危険性を指摘する専門家の声は、決して少なくはありません。紀伊半島の現状を調査を重ねるほど、しっかりと法的な規制をかけることが適切だと考えるようになりました。
現在すでに存在しているオオシマザクラを撤去することは極めて困難です。コストの面からも、法律上の問題からもほとんど不可能だと言ってよいでしょう。しかし不適切な場所に流出していくことを防ぐと同時に、生態系を破壊する危険性を含んだ植物であるということを広く周知することには、大きな意味があると考えています。
「いまさらもう遅い」と投げやりになったり、なし崩し的に受け入れてしまうことは、事態を加速度的に悪化させていくでしょう。これは銃や薬物に関する規制の問題とよく似ていると思います。解決しなければいけないということを認識しつつも、すでに手が付けられないほど蔓延してしまっっているのです。ある生物種の存続や生態系の破壊という大きな損失と、既得権や経済的コストなどの小さな利権では、天秤にかけるまでもありません。ましてや国内外来種が新しく流入することを抑制することにコストはかかりません。この投稿を読む皆さんは、どのような対策が適切だと考えるでしょうか?
あがらの桜をまもるんや!
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